「私は課長ができます……」にならないために。キーポイントは『他者からの視点』
働く人それぞれが自律的・主体的なキャリア形成を求められる令和の時代。キャリアをどのように考え、築いていけばよいのでしょうか。
著書『転職2.0』でキャリアのタグ付けを提唱された村上臣氏にお聞きしました。
【村上臣 むらかみ・しん】
青山学院大学理工学部物理学科卒業。大学在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。2000年8月、株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴いヤフー株式会社入社。2011年に一度退職した後、再び2012年4月からヤフーの執行役員兼CMOとして、モバイル事業の企画戦略を担当。2017年11月に8億人超が利用するビジネス特化型ネットワークのLinkedIn(リンクトイン)日本代表に就任。日本語版のプロダクト改善、利用者の増加や認知度向上に貢献し、2022年4月退任。株式会社ポピンズ 及び株式会社ランサーズの社外取締役ほか複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。主な著書に『転職2.0』(SBクリエイティブ)・『Notionで実現する新クリエイティブ仕事術』(インプレス)がある。
まずは職務経歴書で言語化を
――『転職2.0』では自分を知ることの重要性とその方法が詳しく書かれています。個人の自律的なキャリア形成が求められるいま、その重要性が広く認知されてきましたが、自分を知るうえでのポイントはなんでしょうか。
自分の経験やスキルを職務経歴書という形で言語化することがファーストステップですね。
「自分はどういう人物で、なにができるのか」をよく棚卸しして、そこから見出した経験やスキルを『タグ』で言語化して、労働市場で見つけてもらえるように発信するのです。
――「自分はなにができるか」を言語化できない人は多いです。
以前聞いた話ですが、大手企業の管理職の方が転職相談に来た時、「あなたは何ができますか?」と聞かれて、真顔で「私は課長ができます」と答えたそうです。「どんなことができますか?」と聞いても「10人くらいのチームの課長ができます」と(笑)。
――そういう方多いですね…
笑い話のようだけど、転職経験のない人は特に、転職で何が求められているのかわからない人も多い。まず、そのことに気付いてないというのがかなりホラーだと思いますね。
なので、まずは自分を知る、そして何ができるかを人に知ってもらうために職務経歴書を書いてください。
職務経歴書に必要なのは『他者視点』
――たいていの人は「職務経歴書を書くのが難しい」と言います。どうしたらうまく書けますか?
まずは、採用側の気持ちになるのが一番いいと思うんですよね。やっぱり「自分を採りたいと思うかどうか」。そのためには、なるべく具体的な方がいいですよね。
採用側が知りたいのは、職務経歴書に書かれた経験やスキルの再現性。この業務で求められることをやってくれる人物かどうかってこと。
まず職務を具体的に考えることからでしょう。「課長ができる」じゃなくて、「課長ってなんだろう」から考える。課長の役割ってなんだっけ?会社から求められていた目標はなにで、自分はどうやってチームを率いて、どんな成果を出したんだっけ?と、どんどん因数分解していく。そうすると、自分の経験の解像度があがるので、それを人に伝わるように言語化して、採用側から見て再現性がわかるように逆算して職務経歴書に書けばいい。
――なるほど。でも、経験は自分で書けても、スキルや強みを自分で言える人は多くないですよね。
そうですね。自分のことは自分が一番わからないので、その言語化は一人では難しい。
『転職2.0』でタグ付けの方法を書きましたが、他者の力を借りると良いです。キャリアコンサルタントに相談してもよいし、同僚や友人に「自分の強みってなんだと思う?」と聞いてもよい。
僕のおすすめは他己紹介。「僕のことを、あなたの友人に伝える時になんといいますか?」と聞いてみると、自分が気付かなった強みみたいなものが出てくることがあるんです。
僕の場合、以前は「村上って、モバイルに超詳しくて、Yahooでアプリシフトとかやっててね…」っていわれてましたし、いまなら「グローバル企業でカントリーマネージャーやってて…」て。自分では「僕は仕事を期限までに100%やるのが強いんだ」って思っていたけど、人からみるとそういうところじゃないんだな、と(笑)。
具体的なスキルじゃなくても、「あいつ、すげえ良いやつだよ」とか「一緒に働くと元気でるんだよね」とか、「そこなの、俺って」って思うような部分を言ってくれるかもしれない。実は、そこに自分の強みやコンピテンシー*があるといえるんですよね。
*コンピテンシー…「能力」「技能」「力量」「適性」などを表す言葉。
――他者に評価してもらっている部分ですね。
固くいうと360度評価、カジュアルにいうと他己紹介。それでヒントが掴めるという感じですね。
――『他者の視点』をうまく使えば、良い職務経歴書が書けそうですね。
いまは労働市場も売り手なので、基本的なことを書けばいいのかもしれません。でも、忘れちゃいけないのが「労働市場のニーズに自分がマッチしているかどうか」。
欧米には及ばないものの日本でも雇用の流動化は進み始めているし、IT業界や若年層では転職前提でキャリアを考える人も増えています。新卒では「1社目はどこにしよう」なんて声が聞こえるくらいに。
一方で、この2、3年は転職希望者の増加のわりに、実際に転職した人は増えていないというギャップがあります。その一因にはミドル以降の転職事情があって、「転職すると現在の賃金よりも下がってしまうから、なかなか転職に踏み切れない」という人達の存在がある。彼らは、労働市場における自分の職務に対するスタンダードな賃金がどのくらいなのか知らないんですよね。なので、よほどの事情が無い限り転職には踏み出せない。
なので、僕は、実際には転職しなくてもいいから転職活動をしてみて、自分はなにができるのか、市場でどう見られるのかを体感するようにずっと言ってます。
目標や次にやりたい仕事に合わせてタグを使いわける
――労働市場も知ってから自分を見ると、より自分の経験やスキルの具体性が増しますね。
そうです。そして、タグを使い分けて自分の強みを効果的に見せるといい。『転職2.0』に書きましたが、タグは1軍、2軍、3軍とつくって、その時によって1軍に変えるんです。
僕は、以前は「モバイルの村上」というタグで注目してもらっていましたが、スマホ全盛のいまは別の希少性のあるタグを出しています。転職の場合は相手先企業に応じて出し入れして、セルフブランディングの場面なら世の中の時流にあわせてつくる。そういうタグの出し入れは日常的におこなえるといいですね。
――スキルや強みはいくつかあった方がいいってことですよね。でも、タグを増やそうとやみくもに学習に時間やお金をかけたり、よく考えないまま転職に踏み切る人もいるようです。まず手段から入っちゃってるみたいな…。
勉強すると、頑張った感じが得られますもんね(笑)。ただ、これからの時代、キャリア形成では何かしらゴール設定をしてから必要な手段をとらないといけない。
転職では、知識やスキル単体では足らなくて、求められるのはやはり再現可能性。例えば、TOEIC900あるけれど仕事で使ったことがないという人と、TOEICは無いけれど日々海外企業と英語のメールで価格交渉しているという人、「どちらが英語でこの業務ができると思うか?」って話です。そのスキルを使って何をしてきたか、何ができるかといった経験や実績が見られているんです。
――確かに、再現可能性という意味では「学んだだけで、できるの?」ってなりますね。
だから、目標や次にやりたい仕事が先に必要なんです。目標地と現在地のギャップがわかって、はじめて必要な手段が取れますよね。
やりたい仕事の求人票を見て今の自分と比べると、このスキルが必要だから勉強しようとか、経験不足だからなんとかしてこの経験を得ようとか、今の仕事ではできないなら社内の他部署を探すとか、それでもなければ転職するとか、動きがわかりますよね。確かなアクションがとれれば、着実なキャリアに繋がります。そんなふうにすれば、なんとなく勉強したり、なんとなく転職するのを避けられます。
突然やってくるチャンスを掴むために必要なマインドセット
――そういうことは、日頃からしておかないと「転職できない、会社にしがみつくしかない」となってしまうのでしょうか。
たとえ転職の予定がなくても、職務経歴書はいつでも出せる状態にしておいた方がいい。だって、チャンスはある日突然やってくるから。
いまの時代、転職のチャンスって自分から動く時だけではなく、外から突然来ることがあります。LinkedinなどのSNSを通じたスカウトや知人からの誘いなどアプローチはさまざまで、その時にパッと動けるかによってチャンスを掴めるかどうかが決まっちゃう。
誰かから「こういう会社でこういう人探しているけど、興味ない?」って聞かれた時に、職務経歴書があるば「明日話せます!」ってすぐ動ける。採用したい側はだいたい急いでいるので、そこから職務経歴書を作り出していると完全に乗り遅れる。スピードが全然違いますよね。
――常に転職スタンバイの状態ということですね。今すぐ転職を考えていない人にも必要ですか?
やるべきですね。職務経歴書を作って転職活動してみるだけで、自分の仕事に対する解像度があがるし、「自分はいつでも動ける状態である」とわかるだけで自信がつきます。
労働環境においてさまざまなハラスメントがありますが、他に逃げ道がない、会社にしがみつかなきゃいけないと思うのは辛すぎる。「どうしても嫌になったら辞める」という選択肢を持てるだけで、心身の健康を保ちやすくなります。プランBを常に持っておくことは、目の前の仕事を楽しむためにも役にたちますよ。
――転職するかしないかに関わらず、いつでも動ける自分でいること、そのために他者から認められる職務経歴書をつくっておくことが、自律的なキャリア形成の時代には必要ですね。本日はありがとうございました。
聞き手:喜多村若菜(株式会社fruor CEO)