自称ポンコツエンジニアだった僕が見つけた、弱みを強みに変える魔法の言葉
日本マイクロソフトの元業務執行役員で「プレゼンの神様」と呼ばれる強力なタグをお持ちの澤円(さわ・まどか)氏、意外にもそのタグ付けの原点はポンコツエンジニア時代の「ありがとう」の声だったとか。「弱みと思えるようなことも、場所によっては強みになる」と強く語る澤氏に、その強みの見つけ方、活かし方をお聞きしました。
【澤円 さわ・まどか】
(株)圓窓 代表取締役
元日本マイクロソフト業務執行役員
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、日本マイクロソフトへ。 ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。 幅広いテクノロジー領域の啓蒙活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任。 2020年8月末に退社。 2019年10月10日より、(株)圓窓 代表取締役就任。 2021年2月より、日立製作所Lumada Innovation Evangelist就任。 他にも、数多くの企業の顧問やアドバイザを兼任し、テクノロジー啓蒙や人材育成に注力している。 美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも、業界を超えて積極的に行っている。 武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 専任教員。
タグのきっかけは目の前の仕事から生まれた
――澤さんといえば「プレゼンの神様」で有名ですが、それと同じくらい、キャリアのスタートは「ポンコツエンジニア」だったという話もよくお聞きします。にわかに信じがたいのですが…。
本当です、僕エンジニアとしてはウルトラポンコツなんですよ。 テクノロジーの世界にずっといるんだけど、テクノロジーだけにフォーカスしたら全然話にならないんです(笑)
――そこから、プレゼンの神様にまでなられたんですよね。なにがきっかけだったのですか?
古い話ですけど、僕は「特定の技術領域に関して最も詳しい人」というポジションをとっていたことですね。
昔、Lotus Notes*というソフトウェアがあったんですけど、僕は新卒入社した会社で「お前やっとけよ」って指示されて、それについていろいろ研究していたんです。それが、その後マイクロソフトに転職した時に、Lotus Notesに関する知識のおかげで「競合製品の知識を持っているやつ」っていうタグとして活きたのがはじまりです。(*Lotus Notes…IBMのグループウェアソフトウェア製品)
――もうその頃からタグがついていたのですね。
でも、エンジニアとしては相変わらず鳴かず飛ばずで(笑) それが、ある時期、Lotus Notesを使っているユーザーがマイクロソフト製品に移行するというプロジェクトがあって、それに入って、もの凄い必死にやって結果も出した。そしたら、顧客の担当者がすごくいい人で僕のことを重用してくれて、「澤はあのソフトウェアの移行に関してはトップノッチ(一流)である」って言って広めてくれてね。
ちょうどその頃、Lotus Notesの移行が必要な企業がたくさん出て来ていたので、次々と僕のところにその仕事が来るようになって、「この件はあいつに聞け」っていうタグが自動的についたってわけです。
――そうだったんですね!それを極めたいとか、狙っていたとかではないんですね。
全然、もう目の前にある仕事を一所懸命やっていたっていうだけ。それが自然にタグになったって感じ(笑)
――そこから、プレゼンの神様のタグが付いたのには、なにがあったのですか?
きっかけはイベントです。IT業界ってわんさかイベントをやっていて、たいていの技術者はそういうイベントに登壇しないといけないんです。特に、外資系IT企業の技術者には宿命でしたね。
ボクが社会人になって少し経った頃(1995年頃)はインターネットの時代が始まった時期で、パソコンも普及し始めて、今までコンピューターに無縁でいられた人達が無縁ではいられなくなっていた。「ネットに繋がないと仕事にならないぞ、でも急にそんなこと言われても触ったことも無いし…」っていう人達がめちゃくちゃ増えたんですよ。
そういう人達に、僕がイベントで説明するレベルがちょうどよかったみたいで(笑)元々文系でコンピューターなんてわからない状態だったからこそ、僕の説明がわかりやすかった。優秀なエンジニアじゃなかったってことが、ここでは一番の強みになったんですよね。
――えっ、どういうことですか?
例えば、プレゼンひとつとっても、僕より喋りの上手い人、ロジックの組み立てが上手い人、スライド作りが素晴らしい人っていうのはいくらでもいたんですよ。ただ、僕は、テックの領域においてわかりやすく伝えるっていうことがかなり得意で、そのタグがついた。一見、弱みにも思える「テクノロジーに関して全くの素人」ってことが武器になったってことです。
――なにが強みになるかってわからないものですね。
「ありがとう」ってどんだけ言われたか
――そもそも、強みとかタグって自分では見つけられないって声も聞きます。探し方のコツはありますか?
まず、丁寧に仕事の棚卸をすることでしょう。ぼんやりじゃなくて、解像度をあげてやるのが大事。
例えば、〇〇で経理の仕事してますっていうのが一番粗い状態。そこから、何年間、どんな部署でどんな会計領域をやっていたのか、さらにどんなツールを使っているか、△△の資料は特に綺麗に作れたなって感じで、だんだんと解像度をあげていくわけですね。その中で、これが得意だなとか、苦もなくできているなって思えるものがあったら、それは強みになるかもしれない。
――強みというと、つい人と比べて「そこまで強くないかも…」ってなりがちです。
人となんて、比べる必要がないというのが僕の持論です。比較って、わかりやすいんだけど罠でもあるからね。
他の人と比べると、途端にみんなビビっちゃいますよね。世界一でないといけないとか、勝手に選手権状態になっちゃって、「俺、ここにいちゃいけないんじゃないかな」って、悪い方に捉えてしまう。だから、あまり比較する必要はないかなって思います。
思いつかない時は、他の人からよく感謝されたとか、よく褒められたとか、そういう成功体験をベースに判断するといいかなって思ってます。自分のこの仕事に対して、いろんな人が喜んでくれたとか、「ありがとう」って言ってくれたとか、それはもう、確実に強みって言えると思いますよ。
――澤さんもそうでしたか?
そうですね。僕のプレゼンを聞いて「楽しい」とか「わかりやすかった、ありがとう」って言ってくれる人の割合がどんどん高くなって、その結果、仕事もどんどん入るようになった。それが、僕の強みになった。
仕事って、全てにおいて“他者に感謝されることが仕事”なんで、感謝される機会が多いものを自分の中に見つけていくっていうのが、キャリアの棚卸の思考としては大事かなって思います。
――感謝されたポイントが多いところが、強みに繋がるって感じですね。
まさに、そう。僕はよく「他の人にありがとうって言う機会を作ろう」って言っているのだけど、自分が苦手なものは、それを好きな人、得意な人に任せればいい。その分「ありがとう」と言うんです。
すると、相手は「私はこれでありがとうって言われるんだ」って成功体験になって、その人が自分の強みを認識するきっかけになりますよね。これをバトンリレーしていけば良いんです。
――ありがとうのバトンリレー、めちゃくちゃ素敵ですね。
強みを活かしたいなら「鶏口牛後」
――澤さんは、プレゼンをきっかけに弱みを強みに変えられましたが、そういうきっかけやチャンスはどうしたら見つけられますか?
立ち位置を変えるってのは大事ですよね。僕の場合、「テクノロジーに関しては素人」だったのが、同じような素人相手にプレゼンする舞台では強みになった。
聞いた話ですが、ロシアで寿司屋をやっている日本人がいるらしいけど、年収3億円なんですって。東京なら腕のいい職人がゴロゴロいるから、たぶんそうはならない。でも、寿司は世界的にメジャーだけれどロシアだと店は少ないし、競争相手がいないしってことで勝負したらしい。
あえて立ち位置を変えてブルーオーシャンで仕事をすることで、それが強みに化けることもあるってことですよね。
――確かに、“自分を活かせる場所に動く”っていうのは、めちゃくちゃ大事ですね。
他人と比べて優れているものが必ずしも武器になるとは限らない。でも、完全なブルーオーシャンの中であれば、大した強みじゃないものも大いに武器になるっていうのが、この世にはいくらでもありますよね。
僕、『鶏口牛後*』って言葉が好きで、日本ってどこかしら大企業信仰みたいな牛後を見つけたがるんだけど、やっぱりこれからは鶏口がいいよねって思ってます。(*鶏口牛後…ビジネスシーンでは「大きな組織で従うよりは、小さい組織などで長になるほうが良い」といった意味で使われる)
そのためには、自分を活かせるスモールフィールドを見つけたり、ブルーオーシャンで他にやっている人がいないものを見つけるのが、ますます大事になってくるんじゃないかな。
――仰る通りですね。その場所を見つけるのに、身につけた方がよいものはありますか?
身につけた方がよいのは、センスと冒険心でしょう。
よくスキルアップっていわれるけれど、スキルというのは他者と比べやすい。でも、センスはなかなか比較できないし、自分が磨いたセンスは誰も否定できない。
センスがある人は組み合わせがめちゃくちゃ上手いんですよ。持っている知識や経験をベースに、いま、どのタグを掛け合わすと自分が活きるかなって考えられるんですよね。
――キャリアでいうと、どういうものがセンスの良さになるんですか?
例えば、いま経理をしているって人が、実は幼少期にアルジェリアに住んでいたって言ったら、アフリカのことがわかる経理ってタグがつく。すると、途端に希少価値が出てきて、アフリカ関係の人達から声をかけられる可能性が増しますよね。あなたにその知識があるなら、現地の人と話が合うよね、とか。
経理だけ見ていたら、アフリカみたいなキーワードに誰も引っかからないし、たぶん自分でも気付かない。でも、過去のものとうまく組み合わせることができたら、自分だけの価値を出すことができる。それが組み合わせのセンス。
――なるほど、組み合わせのセンスですね。では、冒険心とは?
そう来たか!っていう組み合わせをすること、それと、自分に対してタグをつけることを恐れないってこと。
僕がマイクロソフトに入社した時の裏話なんだけど、当初はエンジニアとしてポンコツだったので「雇ってもしょうがない」って評価だったんですよ。でも、「こいつ雇った方がいいんじゃないの」って押してくれた人事がいたらしくて。後で聞いたら「履歴書に煎茶道師範」って書いてたからだって。
――茶道の師範ですか?!
そう。こんな面白いの持っている男性なんてなかなかいないから、これはちょっと化ける可能性あるから雇っておいた方が良いって押してくれたらしくて。結果として、茶道やっていたことが、グローバルなビジネスにおいて日本文化を知っているということで武器になった。
――意外な組み合わせが活きることがあるんですね。
そう。これは偶然人事が気付いてくれたからではあるけれど、僕が履歴書に書かなければ起こり得なかった。「関係するかわからないけど、とりあえず書いておこう」って思えることも大事ですよね。
ユニークなものって全部武器になりうる、僕のようにポンコツっていう弱みも武器になった。だから、丁寧に解像度を上げて棚卸して、身に付いた経験や強みを全部ちゃんとアウトプットできる状態に準備しておく。それがチャンスを呼び寄せることに繋がりますよね。
――まだ強みが思いつかなくても、立ち位置を変えることで強みを見つけて活かすことができるんですね!そのためにも、自分の経験をしっかり棚卸すること、そして自分を活かせる場所探しをしっかりやりたいと思いました。本日はありがとうございました。
聞き手:喜多村若菜(株式会社fruor CEO)